富山の“黒い”ご飯のおとも
白米と食べたい「ご飯のおとも」。定番から変わり種まで挙げるとキリがないが、その地域ならではのものは郷土の味として代えがたい存在ともいえる。黒作りはまさに富山のご当地「ご飯のおとも」代表だ。漆黒の見た目の正体はイカ墨。北陸地方でしか作られていない、スルメイカの胴体に肝臓とイカ墨を和えた塩辛である。かつて加賀藩のお殿様に献上された名産品であり、その歴史はなんと300年。富山の寄港地に停泊していた北前船の船員が、漁ができない時期を耐え忍ぶ保存食として伝えたことが始まりといわれている。そんな富山の伝統食を第一線で支えてきたのが『蛯米水産加工』である。
100年守り続けてきた伝統の味
富山市の四方港近く、地元の人から観光客まで多くの人が足を運ぶ『蛯米水産加工』の直売所。地物の新鮮な魚介類だけではなく、黒作りをはじめ自家製の干物や粕漬けなど多くの加工品が並ぶ。創業は明治中期、明治39年に2代目となる蛯谷米次郎さんが水産加工業を始めた。黒作りの製造を始めたのもこの時期であり、伝統の製法と味を守り続けて100年となる。『蛯米水産加工』の「黒作り」は、塩分控えめの「甘口」が特長。お話を聞いた5代目、蛯谷正俊さんの祖母から始まった味なのだそう。「塩辛いのが苦手だったからね」と笑う蛯谷さんの言葉に、広く家庭で親しまれる理由がわかった気がした。
じっくり時間をかけて生まれる美味しさ
黒作りの加工業が減ってきている理由に、時間を要する作業工程があげられるという。そんな時代とともに多少の変化はあるものの、『蛯米水産加工』独自の製法は今も変わらない。下味をつける際には、まず内臓もそのままに丸ごと塩漬けにする、状態を確認しながらイカの旨味を胴体など全身に広げていく。捌いたあとはイカ墨とは別に味付けをして馴染ませる。イカ墨と混ぜ合わせて樽に入れたあとは、さらに3日間じっくりと氷点下で熟成する。手間も時間もかかるが、この作業によってイカ本来の旨味がより引き出される。『蛯米水産加工』の他にはない、特別なまろやかさが生まれる理由だ。
イカ本来の旨味と食感を存分に
『蛯米水産加工』の「黒作り」はその食感の良さにも驚く。新鮮なスルメイカの胴体のみを贅沢に使うことで、肉厚かつ歯切れの良さを味わうことができる。耳やゲソの部分は他の商品に使われるため、無駄にすることはない。特に耳の部分を使った黒作りの「ブラックえんぺら」は、コリコリとした独特の食感が若い人にも人気なのだそう。捌く際の丁寧な下処理は食感の良さにつながるだけでなく、塩味に頼らず生臭さを抑えてくれる。独自の味付け技術とともに、塩辛特有のえぐみが気になる人にも一度は食べてもらいたい仕上がりとなる。一世紀という長い歳月、富山の家庭で愛されてきたことも納得である。
ご飯のおとも、だけじゃない
口当たりの軽さと良い塩梅の「黒作り」はご飯が何杯も進んでしまう。しかし「ご飯のおとも」として味わうだけではもったいないほど、その食べ方は多彩。大根おろしや七味唐辛子など薬味を加える味変から、洋風にアレンジすることもできる。マヨネーズと和えるとより濃厚でオリエンタルな味となり、アボカドの上にかけることで食感もマッチ。バターと一緒にクラッカーに乗せればワインとの相性も抜群だ。『蛯米水産加工』では現代に違和感なく溶け込む「黒作り」の魅力も発信している。伝統食であり、ご飯のおともであり、食卓を彩る一品となる。黒作りが伝わって300年、『蛯米水産加工』が伝える富山の味はこれからも歴史を紡いでいく。