特選 鱒寿し一段(銘々包み)

街の姿は変わっても、郷土の味を大切にしたい

富山駅の周辺は、ホテルや複合商業施設のオープン、市内電車の南北接続などで、近年ものすごいスピードで景色が変わった。この街で生まれた私すら、ずっと歩いてきた場所なのに、一瞬知らない土地に思えることがある。それでも馴染みの店、大好きな場所はいくつもあって、視線の先にその姿を捉えると気持ちが安らぐ。未来へ伝えたい大切な味、街の人の姿がそこにはちゃんと残っている。富山の玄関口で郷土の味を作る『鱒の寿し 青山総本舗』を訪れた。

『鱒の寿し 青山総本舗』は、富山駅から歩いて約3分の場所にある

小風呂敷に包んで、心も一緒に届けたい

店主の青山益広さんが迎えてくれた。店先にはいくつかの鱒の寿しが並んでいて、その中の一つがシャンタン織りの小風呂敷に包まれている。「過剰な包装が好まれた時代に、ご進物にしたいから箱に入れて欲しいというお客さんがいて。でも自分の鱒の寿しを箱に入れるのは違う気がして、美しく包むなら風呂敷だと思いついた」と青山さん。繰り返し使える風呂敷はサスティナブルな社会を目指す今の時代に合う。心を包む日本文化を再認識できる存在でもある。

店主の青山益広さんが手にするのは「特選 鱒寿し(銘々包み)」
シャンタン織りの小風呂敷は、魚と波の模様がデザインされている

伝統の味を、次代へ継ぐということ

小風呂敷に包まれるのは「特選 鱒寿し(銘々包み)」だけ。天然の桜鱒で作られていて、特選の名に相応しい。もともと鱒の寿しは富山市の中心を流れる神通川で天然の桜鱒が豊富に水揚げされたころに考えられた郷土料理だ。でも青山さんが婿養子に入った当時は、ほとんど水揚げされないことを理由に天然の桜鱒で作る商品がなかった。伝統を継ぐ存在として「このままでいいのか」という気持ちが次第に大きくなり、自分が納得できる本物の鱒の寿し作りに着手したという。

昭和20年前後の神通川の川魚の競りの様子を紹介する青山さん
北海道から仕入れる天然の桜鱒を素材に「特選 鱒寿し」が作られる

天然の桜鱒を使って、本物の鱒の寿しを作る

天然の桜鱒は、北海道から2.5kg以上のものだけを仕入れる。「サイズが大きくなるほど値が上がるけれど、小さいと脂ののりが少なくてね」と青山さん。包丁を入れると魚体からは想像できないような、ピンクがかったオレンジ色の身が姿を見せた。お店の厨房で一匹ずつ柔らかな身を切り分け、骨をピンセットで丁寧に取り除く。隣では別の従業員さんが、塩で水分を抜いた身を、酢に浸していた。ご飯を羅臼昆布の出汁で炊くのもこだわり。地元に根付く昆布文化も大切にしている。

北海道から仕入れた天然の桜鱒を、お店の厨房で一匹ずつ捌いている
ピンクがかったオレンジ色の身は、脂がのって美しい
羅臼昆布の出汁で炊いた熱々のご飯に、酢を合わせる

切り分けられているから、食べやすい

鱒の寿しは木桶に笹を敷き全体を包むのが定番の姿だが「特選 鱒寿し(銘々包み)」は8つに切り分けられた鱒の寿しが一つずつ笹で包まれ、手軽に食べられる。今は贈答用の需要が大きいが、青山さんは「地元の人がハレの日の食卓に選んでくれることを目指している」と話す。富山の人に親しまれることで、次世代へ食文化が継承されることを願っているのだ。「特選 鱒寿し(銘々包み)」は、革新によって伝統を継ぐ決意をした『鱒の寿し 青山総本舗』の決意表明そのものだ。

一切れずつ笹で包まれているから、切る手間がなくて食べやすい