天然醸造味噌3種が入った発酵食セット

遠い記憶の中には、いつも味噌汁がある

理想の食卓を思い浮かべると、祖父母が生きていたころに家族で囲んだテーブルを思い出す。白いごはんの隣には豆腐とワカメが浮かんだ味噌汁がある。当たり前だった光景は、もう帰れない幸せな時間で、折に触れて私の心を温めてくれる。この数十年で孤食が増えたり食が多様化したりと食卓を取り巻く状況は大きく変わった。味噌汁を作るのが面倒な日もある。でも『新村こうじみそ商店』の新村弘之さんと話したら、味噌汁を毎日食べたいと思った。

発酵文化の普及に熱心に取り組む新村さん
お店は若い人でも入りやすいようにリニューアル
丸甕の蓋を開けるとお味噌のいい香りに包まれる

目に見えない菌が、糀の甘さを引き出す

富山市郊外にある工場を訪れた。白衣の従業員さんが、蒸し上がった富山県産コシヒカリを手早く広げる。すぐに米粒にまんべんなく種菌をつけなければ花が咲いたような糀にはならないという。米糀を蒸した県産のオオツル大豆を、塩、水と合わせ、貯蔵庫の杉樽に入れて10ヵ月〜1年ほど静かに熟成させる。古い杉樽は江戸時代のものだ。「ここには見えない菌が棲んでいて、味噌の発酵を助けてくれているんです」と新村さんが教えてくれた。

蒸した米に種糀をつける作業は、手早さが肝心
貯蔵庫には味噌が3トン入る大きな杉樽もある
富山県産材料にこだわり、大豆は契約農家が育てたオオツルを使う

3つの丸甕に、塩や糀の量が違う味噌

2020年、今の場所に店が移った。什器も事務機器も新しくなったが、味噌を入れる丸甕は以前からのものを使う。見えない菌がここにもいた。甕の蓋に、一代目、二代目、三代目と記されている。同店には3つの味噌があり、塩分や糀の量が少しずつ違う。味噌は家庭の味そのものだけに、いつもと違うものを勧めても「変えにくいの」と言われる事ばかり。それでも新村さんは「それぞれに相性のいい食材があるから」と言い、お客さんに味噌を勧める。

自家製の味噌や甘酒を作る人のために、米糀も販売
3種類の天然熟成味噌を食べ比べてほしい
味噌は量り売りスタイル 注文を受けて袋に詰める
発酵の力によって生まれている生きたおいしさ

郷土料理あんばやし、疲労回復の甘酒も

「あんばやし」は富山市の郷土料理で、タレに二代目の味噌が使われている。市民にとってはバザーや縁日に欠かせない味で、ルーレットを回してもらえる本数が決まるちょっぴり博打な食べ物だ。ペラペラのコンニャクに合わせるのが定番だが、蒸し野菜やふろふき大根も相性がいい。「マヨネーズや辛味を合わせてもいいですよ」と新村さん。甘酒も、野菜や果物と一緒にスムージーにしたりフローズンドリンクにしたり、いろんな飲み方がある。

血糖値の上昇が穏やかな甘酒は夏バテ対策にもおすすめ
甘酒はトロリとして米粒の存在感が際立っている

富山の発酵食文化を残し、守りたい

北陸は発酵が人々の食生活を支えてきた。だからこそ新村さんは「富山ならではの食文化を残し、守りたい」と言い、年間3,000人以上に対して県内各地で味噌やかぶら寿司作りの教室を開く。商品開発にも積極的で、味噌の副産物である溜まり醤油に辛味を加えた「南蛮味噌溜まり」や、味噌入りの無添加菓子「みそまるジュニア」の発売も控える。暮らしから消えようとしていた富山の発酵文化は、今、新村さんの強い力で押し戻されようとしている。

ふんわりと花が咲いたような自家製の米糀
味噌やかぶら寿司作り教室を、年間120回実施