季節の薄氷と木.林の詰合わせ

薄い菓子なのに、歴史は重い

家で過ごす時間が増えた昨今、甘いものを購入する頻度も増えたように思う。そんな数年の出来事とは対照的に270年、変わらない場所に、変わらない菓子がある。県産もち米と新大正米を薄く延ばし、阿波産の和三盆をはけ塗りし、冬の田んぼの水面に張る今にも割れそうな氷を表現した「薄氷」。幕府に献上され、宮内省の御用達とされた“レジェンド干菓子”とも言えるだろう。日本らしい季節感をより細かな四季に色分けた「季節の薄氷」には、先人たちへのリスペクトが溢れている。手にとると繊細な薄い菓子ながら、その歴史の重さをひしひしと感じる。

夏の「薄氷」は蛍がモチーフ
秋はイチョウ、冬は雪ウサギなど

カラフルだが、イロモノにあらず

ほかにも派生作品がある。サクッとした歯触り、すっと溶けていく食感が印象的な「木.林(きりん)」は、スティックタイプのメレンゲ菓子。その原型は小矢部の「桜町遺跡」にちなんだ「古木(こぼく)」だそう。和三盆の甘味、桜の塩味、宇治抹茶の苦味、瀬戸内レモンの酸味、フランス産高級ココアの滋味といった天然素材で色分けた5色の進化は、俗にいう“イロモノ”とはベツモノ、別格である。

2015年に生まれた「木.林」は5色展開
天然素材により、やさしいタッチの色合いに

時代を越え、形を変えて大ヒット!

実は「木.林」の成功には、良き先例があった。新幹線開業前に「新名物」熱が高まっていた2013年、「薄氷」の技法に現代的なエッセンスを加え、生まれた「T五」だ。天然素材を使い、5つの「TONE(色合い)」と「TASTE(味わい)」を表現したところ、想定以上の女性支持を獲得。観光庁認定の「世界にも通用する究極のお土産」となり、新旧織り交ぜた「詰め合わせ」は今、贈り物の定番になった。おしゃれでスタイリッシュな菓子は薄茶との相性が良く、おもてなしや自分へのご褒美にも買い求めたい。

「T五」の5色は繊細な色加減に

寄り道も、広い視野が持てるように。

往年のファンを裏切らない新しさは、「薄氷」愛の溢れる若手デザイナーが手がけたパッケージの妙も後押しした。16代目・渡邊さんは、東京の有名和菓子店での修業を積む前、進路をソフトウェア開発へと“寄り道”しており、結果として、異分野・異業種との連携にも柔軟なのだ。そして、「思考回路が職人」と自負する自身が愚直に菓子道を歩みながら、相乗効果で広がる“ものづくり”を全力で楽しんでいる。

16代目店主、渡邊克明さん
黙々と作業に取り組む
相棒は同級生。息の合った現場

届け!薄い氷、熱い思い。

また、理系に没頭した時代に身につけた“引き算”の考え方も、「菓子作りに役立っている」と渡邊さん。「後世に残るのは、配合や工程もデザインも削ぎ落としたシンプルなモノ」と断言する渡邊さんの目の前には、「薄氷」という実証もある。人の手でできる菓子づくりを追求し、プラス要素のみを施すことで、明確な個性を光らせた美しい作品たち。やさしい気持ちでゆっくり味わいたくなる菓子は、緩衝材の綿にふんわりと包まれ、今日も誰かの手の元へ渡っていくのだろう。

羨ましいほどの、小矢部の一等地に佇む
開放的な空間に、彩り豊かな菓子が
老舗ならではの希少な展示物も